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名古屋地方裁判所 昭和49年(ヲ)140号 決定

申立人 丸栄合資会社

右代表者無限責任社員 竹内伸介

申立人 中部緑化株式会社

右代表者代表取締役 竹内伸介

右申立人両名訴訟代理人弁護士 雨宮正彦

右申立人両名輔佐人弁護士 瀧野秀雄

相手方 高橋四郎

相手方 笹原則之

主文

一、名古屋地方裁判所が同庁昭和四九年(モ乙)第一〇二号換価命令申立事件についてなした換価命令を取り消す。

二、相手方らのなした右換価命令の申立を却下する。

三、申立手続費用は相手方らの負担とする。

理由

一、申立人ら主張にかかる申立の趣旨および理由は記録に編綴してある換価命令に対する異議申立書のとおりである。それによると、その主張の要旨は、本件換価命令の対象物件たる別紙目録記載の各物件(以下単に本件対象物件という)は相手方(仮処分申請人)らと申立人(仮処分被申請人)ら間の当庁昭和四八年(ヨ)第九五七号製造販売差止仮処分申請事件の決定正本に基づき当庁執行官の保管にかかるものであるが、右保管は前記仮処分事件の被保全権利(申立人らの右対象物件およびこれと同一の構造の植生具の製造・販売が相手方らの共有する登録された実用新案権を侵害することを理由とする差止請求権)に付帯し、これを実効あらしめるためになされたものにほかならず、相手方らにおいて右対象物件に対し所有権その他の権限に基づく引渡請求権を有し、その保全のためになすいわゆる係争物に関する仮処分ではないから、仮に右対象物件が執行官保管中に発芽等により毀損したとしても相手方らとしては全く損害はなく、これを換価する必要性はない、というにある。

二、そこで考えるに、前記仮処分事件記録によれば、右仮処分申請事件は申立人らの本件対象物件およびこれと同一の構造を有する植生具の製造・販売が相手方らの共有する登録された実用新案権(第九六三五一二号)を侵害することを理由とする差止請求権(実用新案法第二七条)を被保全権利とし、右仮処分決定主文第一項において直截にその製造・販売の禁止を命じ、右差止を実効あらしめる一つの方法としておよび本来実用新案権者はその登録された実用新案権を侵害する行為の差止請求に際し、侵害行為を組成した物の廃棄を請求しうるところから(実用新案法第二七条第二項)、右廃棄請求権を被保全権利として同第二項において将来における右執行を保全するため右対象物件の執行官保管を命じたものであると解される。とすると右仮処分は、その執行官保管に関するかぎり、将来における相手方(仮処分申請人)(債務者)らの右対象物件に対する廃棄請求権を保全するいわゆる係争物に関する仮処分と解することができる。

三、ところでそもそも仮処分につき民訴法第七五〇条第四項(仮差押物の換価)の準用があるか否かは見解の分かれるところであるが、仮差押物につき、本執行移行前に換価することを認めたのは、仮差押が金銭債権あるいはそれに換えることのできる請求権につき目的物件(債権等を含む)の交換価値の把握を通じて将来の執行を保全することを目的とするものであることから、目的物の著しい価額の減少あるいはその貯蔵のために不相応な費用が生じた場合、その目的物を換価してその価額の減少をできるだけくいとめることは、仮差押の前記目的にかない仮差押申請人はもちろん特別の事情のない限り被申請人のためにも利益になると解されるからに他ならない。これに対し係争物に関する仮処分はその目的物(係争物)の客観的主観的な現状維持を通じて係争物それ自体に対する将来における執行を保全することを目的とするものであるから、係争物を本執行移行前に換価することはこの目的にそぐはないように考えられなくもないけれどもしかしながら本案判決までに係争物それ自体の滅失・棄損等、係争物そのものが客観的に権利の客体としての価値を失ない、仮処分の被保全権利(特定物に対する給付請求権)の実現が困難ないしは無意味になることが予想される場合で、その被保全権利が財産上の価値を有することから損害賠償請求権にかかわりうるときにおいては、係争物件を換価し、その結果供託された売得金をもって当該仮処分の目的物とすることは決して右仮処分の趣旨に反するものではない。この理は、このような仮処分につき特別事情による取消制度が設けられていることからも窺えるところである。とすれば仮処分申請人において本来の特定物に対する給付請求権自体の実現に固執せず賠償請求権の行使をもって満足する場合には、その限度において民訴法七五〇条第四項の要件にしたがいその準用を認めることができると解すべきである。

そこで本件の場合、これに該るか否かを検討するに、先に見たとおり本件対象物件に対する執行官保管の仮処分の被保全権利は、実用新案法第二七条第二項に基づく廃棄請求権と解されるが、右はたとえ相手方(仮処分申請人)らが本案訴訟において勝訴しそれが確定しても、右対象物件に対しては申立人らに対しその廃棄を請求しうるに止まり、その所有権はもちろんその引渡を求めるなんらの権利をも内容とするものではなく、本件対象物件が客観的に滅失・棄損等により権利の客体としての価値を失なうことが予想されるとしても、それを金銭的賠償請求権に換えてその経済的価値を相手方らにおいて確保し保全する必要は全くないものと解される。とすれば此迄の説明から明らかなように本件対象物件についてはこれを換価する実益はなく、結局仮差押についての前記法条を準用する余地はないといわねばならない。

もっとも、このように解すると、物の経済的効用の観点からして甚だ不経済な結果を招来する虞れがないとはいえないが、このような場合仮処分被申請人としては事情変更ないしは特別事情による取消を求める余地はあるからこの点はそれ程危惧するに足りない。

四、以上説明したところから明らかなように本件対象物件が被保全権利の点からして換価になじまないものであるにも拘らずこれを命じた本件換価命令はその余の点につき判断するまでもなく失当であるからこれを取消したうえ、相手方らからの右換価命令の申立を却下することとし、申立手続費用の負担につき民訴法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 村上悦雄 裁判官 宮本増 長島孝太郎)

〈以下省略〉

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